ブラジル・サウヴァドール日記 2004 Brasil Salvador
3/11(木)
昨日の夜はやっと事の重大さ(荷造り)に気づきテンパってた。
いや。余裕だったネー。
早めに起きて荷造りしつつ朝飯。
メストゥレ オレーリャが下に来てて声が聞こえる。
でもとりあえず荷造り。
トニーにメルカド モデーロに行ってカシシーを10個小さいのに代えてもらわないと荷造り完了しない。
ってんで取りあえず最後の海に。
天気よくねえなあ〜。
知り合いもいなかった。
戻ってトニーから交換してもらった小さいカシシーを受け取る。確かに大きいのはいいけど持ち運ぶのがね。
小さいって言っても今まで使ってた奴だし。
で、トニー、フラカォンと色々話す。
フラカォンは荷造りのための時間を気にしてくれてるけどトニーはとにかく話ちゃんと終わらせないとダメなので終わらない。
部屋に戻って荷造り再開。でも実はもうかなりの時間。やべーやばすぎる。
当然のようになかなか入りきらないし。
あ〜もうやべ〜。やべ〜。
さかやさんは余裕。
やべ〜。
でもまあなんとかなった。かなりの物をここに置いていく。
どうせ1年以内にまた来るし。ここは俺の家じゃ〜。
アリンバが前回に引き続き車を出してくれる事に。イスはなおってるかな〜。
さかやさんはアニーとフラカォンに歌を教わっている。
出発直前になってダヴィが現れた。
そしてフラカォンに手伝ってもらって下に降りる。重い重すぎる。大丈夫なのか?
で、トニーもアリンバカーに同乗。
フラカォンは授業があるのでいけない。
とにかく日曜のフォルマトゥーラにいられないのが残念そう。って言うか俺らも残念。
今夜はホーダだし。
でも昨日お別れホーダ急遽やってくれたからいいか。
トニー自身もそうだけど、俺があまりお別れをダラダラとやるのが嫌いなのをトニーが言ってくれてあっけなく出発。
時間心配だし。
アリンバカーはイスはなおってたけど相変わらず軽いから怖い。

あとこいつ話する時にわざわざ相手の方振り向くし。こえ〜よ。
そう言えばアリンバのあだ名の由来は牛乳のアリンバが好きだかららしいけど俺らも今年アリンバに目覚めた事を
言えば良かった。
相変わらずの景色。
あ〜帰るんですねえ。
空港では途中までトニーが助けてくれて、大量の預け荷物、手荷物で問題がもしおきたら従兄弟がなんとかしてくれると
頼もしい事を言って俺ら2人を抱きしめて去って行った。
抱きしめられた時背骨がボキボキいった・・・。
荷物は限界重量の2つ合計64kgに近い60kg未満。2人とも。
あ、まだイけたね?
心配してたチケットの問題も日本出る時よりも楽勝で解決。いい人や〜。
って言うかブラジルは話が早いのかも。
コイイダくんが丁度同じく帰る友達の見送りに空港に行くって言ってたのでそろそろ来るかな〜とか思いながらメシを食う。
って言うかやっぱり高いなあ。
あ、コイイダくんだ。でもまあとりあえず遠くで静観してみよう。
とか思いながらメシを食い終わってCD屋見て、それからさかやさんがファリーニャを買いに店に入ったんで外で待ってたら
コイイダくんが目の前から現れた。
あ、もう逃げられない!
って言うか友達は俺らと同じ便だと思ってたんだけどもう出ちゃったって。あれー。
とっとと話し掛ければ良かった。
それでビリンバウ通販の話。
あなたこのビデオ今日撮ったんじゃん!仕事ギリギリじゃん!
しかも音が良くないので撮り直し。あれー。
全く鼻毛も出てるし困ったもんだ。サイコー!
次会う時は多分またここでしょう。コイイダくん長くここにいられるようにビリンバウ通販頑張って手伝わんと。
そのかわりファリーニャとか送って下さい〜。
そしてゲートをくぐり、無事手荷物検査も通過して、時間もう迫ってるからとっとと乗ろうとしたら45分後の飛行機だった。
あれー。いつもと違う。
心配したけど普通に大丈夫だった。
窓の外の景色はもう真っ暗。45分早い飛行機だったら景色ちゃんと見れたのに・・・。
オンジーナがどこなのか、いやバーハの灯台すらわからなかった。
こっちの街の灯りはオレンジで、まあいつもおかげで暗いなあ〜と思ってるんだけどこうして見ると
この色はここの色だなあって思う。
今ごろホーダがはじまる時間。
サォン パウロに降りてとりあえずネットカフェに行く。
なんかチケット見ると予定よりサォン パウロとロスを出るのが1時間早くなってる。
だから1時間早くつくかも〜と迎えに来てもらうさかやさんのお母さんにメールするため。
あと掲示板にも書いておく。正太郎さん来るかも知れないから。
で、終わって外でてみたらなんかインターナショナルのカウンターに凄まじい行列が・・・。
そう言えばトニーが火曜にテレビで見た情報でサォン パウロでなんかあって
空港ですげえ人が並んでるとかなんとか言ってたけど。
どうやら警察のストらしい・・・。
火曜にやってたのがまだ続いてるのかよ・・・。


かなり絶望的だったけど、どうせみんな条件同じだし待つしかねえー。
しばらくしたら案外早く進みだしたけど。
でも列の長さは空港の建物内の端から端以上ある感じだったので相当時間かかった。
後ろの外人のおっちゃんは手当たり次第に人に話し掛ける。ヒマだから。
出国審査はおかげでてきとーだったような気がする。
かなり心配したけど意外と出発時間からちょっと遅れるぐらいで飛行機出るんじゃねえか?
・・・と思ったけどそこからさらに2時間以上待たされた。
地べたに寝転んでる人も多数。
店も深夜なのでどんどん閉まるし。
やっと搭乗受付した時はみんな機嫌悪くなってて良くない雰囲気だった。
並んでた順番滅茶苦茶になるし。
その後ロスでのトランジットの時も時間がかかったような気がする。
いつも通り必殺技、電源拝借を駆使してパソコンいじってたんだけど。
いつもここではせめて逆立ちぐらいしてえな〜って衝動に駆られる。
しなかったけど。
ケィシャーダはしたけど。
結局到着は4時間遅れて、正太郎さんは途中で引き返して練習に行き、さかやさんのお母さんをエライ待たせる。
2ヶ月ぶりの日本は寒くて花粉はまだ本調子で飛んでないっぽくて
「俺のいないあいだに飛んどけよ」
と思った。
今回のブラジルは今までより更に俺をバイアーノにしたと言うかまるっきり家庭の中に入り、
毎日アカデミーアで起こる出来事、訪れる人々に触れ合い、カポエィラでナニができるかとか気づいた前回からちょっと進んで
「俺にナニができるか、ナニをするべきか、そしてそのためにどうなるべきか」
をちょっと気づかせたような気がするかな〜。
そしてカルナヴァウ、おかまサッカーなどを通じてこの地域の人達を知り、
こんな楽しい地域に密着しているグルーポ テンポにいれてよかったなあ〜と思った。
しかも俺たち日本のグルーポ テンポ次第でこの地域の人達の手助けができる。
アニーは今はジョーゴも楽器もしてないけど、この地域を良くするために闘っていて、ジョーゴしていて、
それもカポエィラだと言う。
トニーはいつも情熱的で、誰よりもジョーゴをしていてそしてカポエィラに厳しく、人生そのものをカポエィラに捧げている。
俺らはこの本部の奴らと一緒にこの2人に影響を受けて行く。
日本でやっていくのは楽じゃないだろうけど、6年前、はじめてグルーポ テンポの連中に会った時から
俺はもうここに惹かれていたんだから、これはきっと自然な事、できるんだと思う。
って言うかやらいでかって感じかな〜。
まあ今回はとにかく3兄弟がプロフェソールになるフォルマトゥーラに出られなかった点が物凄く心残りではあるけど、
バイーアを発つにあたってソレ以外で寂しいとか思う事はあまりない。
俺はやっぱりここにいないとダメだ。だからしょっちゅう来てやるぜ〜。だから別に寂しくない。
っちゅう事です。
はい、終了。次回に続く!
さかやさんヴァージョン
最後の朝。
少し早めに起きる。眠いなあ。ブラジル来てからは毎日ちゃんと睡眠をとっていたので、変な感じ。
荷造りはだいたい私は終わった。
なのでアニーに上町に連れていってもらう。
以前からアニーにここの写真を撮るように頼まれていたので。
今日はとても暑い。
上町に行くのに今日は近道をするんだけど、これがものすごい急な階段。しかも壊れてる。
アニーも「もう歳とったから辛いわ」とか笑いながら汗をかきかき登ってた。
登りきったところからはオンジーナの海岸からヒオ・ヴェフメーリョが望める。
アニーはここ私達の町はほんとにきれいでしょと嬉しそうに自慢してた。
そして真向かいの丘が市長の家らしくて、広い庭が見える。
「あそこにバズーカ砲を打ち込むにはこの場所が一番」とか冗談言ってた。

そしてこの間闇のなか会議が行われた協会の写真を撮る。
まだ土地だけで、今にも壊れそうな家が一応建っていて、そこでカポエィラも行われているんだけど、
壁は穴が開いて壊れそうだし、電気は通ってないし、鍵はいまにも壊れそう。
6年かかってやっとセメントなどの材料が運び込まれたと言っていた。
ここに職業訓練学校をたてるのがアニーたちオンジーナの地区のおかあさんたちの夢。
もちろん全然うまく行ってない。でもいつかうまく行った日のために写真を撮って欲しいんだと。
そのあとすぐ近くのサォン・ラザロの教会へ行く。オンジーナの人々が通う教会。白く質素で美しい。
犬のうんちがそこらに落ちているので、アニーに気をつけるように言われた。
そこで初めて知ったんだけど、オンジーナに犬が多く、また犬がそこらにうんちをしようと人々が決して
犬を叱らないのはサォン・ラザロが犬を連れた聖人だからで、ここの人々は犬を大事な存在として扱っているのだ。
ラザロはカンドンブレーではオムルーという神様であり、傷を負った聖人。
ラザロの傷は犬が舐めて癒したと言われている。
オムルーはテンポ(時間)を司る神とされ、ここオンジーナの人々のなじみの神様なのだという。
近くにしょうもない感じだけど「オムルー・ド・テンポ」という店があった。

なるほどなと思った。
グルーポ・テンポの名付け親はアニーなのだけど、ここにもテンポの由来がひとつ隠されていたのだ。
アニーに連れられて教会に入る。
当然だけど入るときにアニーは十字を切る。でも私は仏教徒なのでそのまま失礼する。
そういうときの私のぎこちなさと言ったらかっこ悪いにもほどがある。
ここの人たちの純粋な神を思う気持ちには打ちのめされるときがある。

教会は質素で、とても美しかった。
観光名所にでてくるような立派な絵も黄金もステンドグラスもないけど、美しさを感じた。
手前に傷だらけのラザロと、うしろに犬の彫刻がある。そして頭上にキリスト。
アニーがキリストの歴史を絵を見ながら説明してくれる。
写真を撮ろうかと思ったけど、なんだかそういう雰囲気ではとてもなかった。
左手にはボンフィン教会と同じく、体を痛めた人々がその部分(足なり手なり)のマネキンを治癒を祈願して吊るしてある。
アニーは教会の中で自分の信仰について話してくれた。
非常に自然で、純粋だった。
神は自分の中にいつもいてくれて、いつもいつでも話を聞いてくれる。
悲しいことや涙を流すこともたくさんあるけど、神様はいつでも見ていてくださるから、何度転んでも
頑張って起きる。そうすればきっと神様がいい方向へ導いてくださると信じてるとか。
あと最後に「私は神父がいい生地や金のついた服を着てるのは嫌い。その金でたくさんの人々が
食事ができるし、貧しいこどもたちは学校へいかれるでしょ。私だったらその服で得たお金で教会へ
やってきた人たちとフェィジャォンを食べるわ」とか言っていた。
教会を後に、ふたりで家へ帰る。
下町に通じる階段は協会のおかげで修復が進んでいる。
アニーは通りがかる人に「Oi minha filha」と声をかける。
直訳すると「私の娘」って意味だけど、こっちの人はみんな親しい人に娘・息子って言葉を普通に使う。
いいですね。
最後にうちの生徒のエストレーラの家を通った。
想像以上にすごいボロくて驚いた。エストレーラは結構ませた子で、私はかなりお気に入りなのだけど、
まさかこういう環境の子とは思っていなかった・・・。
さて無理矢理最後の海に竜太さんを誘っていやいや来てもらう。
そしたらそのことでケンカになって、とにかく今回の旅はケンカしかなかったという最悪な結末になった。
お互い怒って別れて、帰ってからカウサを刷り、竜太さんはまるで進んでいない荷造りを再開、私は
最後にフラカォンに教わった歌を撮らせてもらった。
竜太さんはこの上なく焦っていて、みていておかしかった。
なんとか掃除も終わって、みんなとお別れをしてアリンバの車で空港まで送ってもらう。
トニーは最後まで面倒みてくれた。
また日本で会いましょうと言って気楽に別れる。
トニーは自分はお別れが嫌いなんだ・だからすぐ行くよと言って、準備が整ったところですぐに手を振って
背を向けて空港を出て行った。
親父らしくてよかった。
空港の食事はびっくりするほど高かったけど、食べて、うろうろしてたら恋イダクンに会った。
通販の話を竜太さんがして、お別れ。
何故コイイダくんに見送られているのだ!?と思いながら帰国の途についた。
ブラジルを出るときはいつも夜で、飛行機が出ると町にともるオレンジの光が見える。
私はこれがとても素敵だと思う。
2年前まで、みんながよく言う(日本でもよく聞く)サウダージって言葉はピンと来なかった。
でも今は明らかにその言葉の意味が体でわかる気がした。
アニーがヴァタパー作ってたときに、おもしろいことを言っていた。
「バイーアの人は、相手の人柄を言葉じゃなくて体で感じるの。だからどんなに口がうまくても、いい人か
どうかはすぐわかっちゃうのよ。バイーアで楽しく生きていける人と生きていかれない人はすぐ分かれる。
もしあなたが本当にいい人なら、みんながあなたを助けるでしょう。あなたが病気になっても、貧しくなっても、
たとえ1ヘアウもその手にもっていなくても、みんなの手助けで生きていくことが出来る。
病気になればとなりの人が薬草をくれるでしょう。お金にどうしても困ったときにはみんながひとりひとり
1ヘアウずつ払えばあっというまに50ヘアウは集まるわ」
もう穴があったら入りたい気分だった。
私は今回の旅はかなり自分の嫌な部分を見た旅だったと思っている。
とにかく生涯でこんなにケンカしたこともないというくらい竜太さんと不毛なケンカを毎日繰り広げてた。
その結果持病の潰瘍が悪化して、思うように練習もできず、成果もあげられなかった。
そのすべては私の問題で、わがままをかなり言って竜太さんを困らせたと思う。
それをアニーもトニーも見ていたし、何より感じていただろう。
見えてなくても、違う言葉でケンカをしていて何を言ってるかわからなくても、きっとみんな感じたと思う。
みんな何も言わないけど、自分の何がいけないのかは自分でよくわかった気がする。
でもこれでいいのだ。
私もこの家族の一人で、家の中ではケンカだって起こるし、各家族は性格なり行動に問題を持ってる。
自分の人間としてのダメな部分なんかもここで学んだのだ。
次回はもっと素直にバイーアを楽しめるだろうか。
みんなと楽しく生きていかれるかな。
他の都市を私は知らないけれど、少なくとも私はバイーアが好きだ。
今年初めてサウダージっていう言葉の意味がわかったと思う。
またここに帰って来たい。
みんないい人たちだと感じる。
tou com saudade de voce といえる人がたくさんできた。
みんなすごく懐かしく思える。
日本にも懐かしい人たちがたくさんいる。
早く帰りたいけど成果があげられなかった自分が非常にかっこ悪く思える。
とりあえず歯医者と胃腸科に行こう・・・。
ああやぱりかっこわるい。
サンパウロで警察のストがあって、国際線は長蛇の列。出発できるのか??
結局飛んだけど二時間以上遅れて深夜2時に出発した。
結果飛行機は予定を4時間越えた5時すぎに成田に到着して、疲れきった母が
涙で迎えてくれた。病気になったので心配していたのだ。
私の身長は154センチなのだけど、44キロまで体重が落ちてしまっていた。
練習不足で筋肉が落ちてしまったのだ。
頑張ってまた食べないと。
母と、幼馴染のだれだれが結婚して子ども産んだとかありがちな話をしながら帰る。
明日は早速ビリンバウ製作大会がある。
アーキタンツのスタジオに寄ったらみんな当然普通に練習してた。
ヒロさん蹴りがきれいで速くなってた。みんなの成長を見るのは嬉しい。
あとくうちゃんと電話で話した。「あしたびりんばうつくるよー」と言ってた。
嬉しいものだ。
スタジオに一緒に寄った母がはずかしげもなく楽しそうにジンガを真似てみせて、
実際みんなの前でかなり恥ずかしいんだけど、その楽しそうな感じがアニーに
重なってとめる気になれなかった。
母いわく 「心残りがあるならまたいけばいいじゃん」 だそうです。
またきっと行きます。こりもせず。