ブラジル・サウヴァドール日記
2004-2005 Brasil Salvador
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01/28(金) さやか日記
サントアマーロ滞在2日目です。
今日の朝は昨日の復習と補修があるので、希望者はアカデミアに集合することになっている。
でもきっと誰も来ないよなーと思ってホテルでのんびり朝食取って出て行ったらみんないた。
びっくり。
マクレレーの楽器の復習をする。
リズムはつかめたような気がしたとたんにだめで、やっぱり微妙なところが違ってる。

練習してたらメストレ・ポポー(Pulino Aloisio de Andrade)の元生徒だったというおばちゃんが現れた。
(今はどこかの学校?の校長先生?をしてる)。
その人は激しく「マクレレーはダンスじゃなくてルタよ!」ということを主張。
あとバイーアのサンバについても、足先だけを使うことについて激しく
「ヒオやサンパウロのように脚を広げたり、上半身を無駄に動かしたりしたらダメですよ。
バイーアのサンバは足と太鼓のリズムが大切。
足からすべてのリズムが体にあがってくるんだから、それまでは上半身を使ったらダメ」
といって早速踊りだしていた。
午前の復習の時間は無事終わり、帰りにオンサが生徒の一人を捕まえて質問して、全体をまとめてくれた。
マクレレーのリズムについてはオンジーナに戻ったらもう一度確認しながら復習しようということに。
昼食はメストレ・マカーコの家で。
少し離れた家なんだけど、道が広くて気持ちがいい。
ここに比べたらやっぱりサウヴァドールは都会ですね。

食事はメストレ・マホン、メストレ・クラウジオと一緒に。
結局トニーとは何回か電話したんだけど一度も連絡が取れなかったので2人のことを大変心配している。
と思ったらやっとトニーから電話が!しかも「そっちからかけろ!」と言われて切られた。
ていうかまだサルヴァドールの道場にいるよ!授業に間に合わないヨ。
ショウコさん・ジョニーとやっと話ができた。ああよかった。
18:00に直接メストレ・マカーコのアカデミアに来るらしい。
昼食の後は、午後三時に来るように言われて、休む時間も十分にないままにまた出かける。
今回はサントアマーロの有名な医師Jose Silveiraの記念館と、図書館に案内してくれる。
この記念館でもメストレ・マカーコは週二回カポエィラを教えているらしい。
図書館ではメストレ・ポポーの文献を書き写す。
なんとなく書いてあることはわかるけど確信がないことを人には伝えられないので、ちゃんとわかる人に確認してもらわないと。
オンサはバイーアの楽器について書かれた本をずっと読んでいた。
メストレ・ポポーのインタビューが載っている書籍はイスラエル人のスクリが読んでいたので読む暇・書く暇もなく終了。
すごく長い時間いて、ゆうやは途中で具合が悪いとのことで帰った。

そして少し昼寝をして、サンバの授業へでかける。
まずは楽器の練習から。
18時の授業に直接ショウコさんたちを連れてくると言っていたが・・・
こないなあ・・・
と思っていたら突然二人とトニーが現れた。
あーよかった。というわけで無事合流。でも授業中。
2人はいきなりパンデイロを持たされて、そのまま授業に突入。
そしてわけがわからないままにサンバに突入!!

内容は大変興味深いもので、サンバというと踊り狂うようなイメージがどうも先行しがちだと思うけれど、
バイーアのサンバはとても地味で、足から脚へ、そして腰までで踊る。

ここにもヘスペイト(尊敬の念)という観念は存在する。
たとえば人々は踊る相手のことをよく考えながら踊るし、サンバのリズムを仕切るアタバキに敬意を払う。

とにかくメストレ・マカーコの奥様(プロフェソーラ・エジレーニ)のサンバはものすごく素敵だった。静かで、とても旨い!
マクレレーもそうだけれど、もちろんこの授業に熟年世代もいる。
そんな熟年のおばちゃんたちが親切にいろいろ決まりごとを教えてくれる。
でも男の子たちはやっぱりおばちゃんたちとは踊りたがらず苦笑。そんなシーンもおもしろい。

ジョニーはサンバもちろん何もわからないので、
せっかくここのグループの一番弟子のハイーザと踊ったのにものすごい遠く離れたところで踊ってた。
あとゆうやははじけてた。

こんなサンバなら好きになれそうだなと思った。
(ちなみに私は今までサンバ・ジ・ホーダ・・・カポエィラの後のサンバタイム)に一度も出たことがない)

メストレ・マカーコは「ドン」についてずっと話している。(中略)
ショウコさんは実はサンバすごく上手だった。
多分うちのグループで正太郎さんの次にうまいと思う。

長旅の上に中くらいの旅でまたここサントアマーロまでやってきたくたびれきったショウコ・ジョニーとメストレの家に。
夕飯をいただく。
フェイジャォン・ジ・コルダという白い豆とファロッファで作ったもの。
実においしかった。
これを今回は必ずや習って帰りたい。
メストレ・マカーコの息子のハイランドはまたファミコンやってた。
やっぱりオンサにはやらせてあげなかった。なぜ?
ホテルに戻り、合宿お約束のトランプとかして、その後みんなでフェスタへ繰り出す。
トニーもオンサも香水振りまいてわくわく楽しそう。
トニーは家の火事で洋服が焼けたおかげでカポエィラの服しかないのを嘆いていた。

とりあえず射的やったり、(ゆうやとトニーは同時にチョコレートをゲット!!)
バイキング乗ったり、
りんごあめ食べたり、
シリグエラ呑んだり、
シュハスコ食べたり、
ビール飲んだり、
アホッシャ踊ったり(もちろん私は踊らず)

ショウコさんはトニーと漫才やったり、
※「Calma Artista!」「Calma TONI!」という問答が流行っています。
田舎のフェスタを満喫しました。
移動遊園地みたいなのがあって、古いアメリカ映画のようです。
ボッサ・ノーヴァが好きで、恋人と一緒だったら最高だと思いますよ。

行きの飛行機で「ノートブック」という映画をやっていて、みんな見たそうなのですが、
その出会いのシーンで観覧車に飛び乗るシーンがあるのだけど、それと同じようなものがあってゆうやが乗りたがっていた。
でも帰り道ではもう終わっていた。
広場の教会の地下には奴隷たちが収容されていたことがあるらしい。
サントアマーロはさとうきびの栽培が盛んだったので、そこで多くの奴隷たちが働かされていた。
フェスタのロゴはやっぱりマクレレーを使っている。
ここはマクレレーが生まれた街で、人々はそれを大事にしているのだ。
明日は朝8:30から復習。
私たちは先に戻って、トニーとアランはまだ遊ぶらしい。

元気だわね。
アランは何度も恋人のフェルナンダに電話してる。
同じように私の携帯にも何度もフェルナンダから電話がある。
トニーはゆうやに彼女を作ろうとしつこくいろいろ言って来る。
困ったおとうさんである。
ゆうやの日記(ポルトガル語練習用)
Diário do Espiga