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ブラジル・サウヴァドール日記
2004-2005 Brasil Salvador

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01/29(土) さやか日記

サントアマーロ滞在3日目です。

今日は午前中がプシャーダ・ジ・ヘイジ(バイーアの漁を描いた踊り)、午後がカポエィラで、
その日の夜には私たちのアパートのあるサルヴァドールへ帰ります。
サントアマーロとサルヴァドールは高速バスで2時間ほど離れた距離にあります。

果たして夕べオンサがフェスタ(お祭り)からホテルに帰ってきたのは朝5:30。
トニーはその少し前に帰ってきたけど部屋がお酒くさくて参った。
一応朝の練習に出ようと思って目覚ましをかけていたんだけれどもっと早い時間に目が覚めてしまう。
夕べおそかったのに・・・

ゆうやのカメラこっそりとって寝起きでもお約束で撮ろうかなと思ったら気づかれた。
ゆうやが寝起きを激写!
結局みんなを起こして、一緒にのんびり朝食をとったおかげで、朝の復習の時間には間に合わず。

10時からメストレ・クラウジオによるアンゴーラの授業。
アカルボの生徒たちもアンゴーラにはそんなに明るいわけではない様子。
アンゴーラのバテリーア クラウジオとトニー
メストゥレ クラウジオ ジョニーとシャマーダ
ショウコさんが描いたメストゥレ クラウジオ
授業は大変充実していて、みんなで学ぶんだという雰囲気があってよかった。
楽器の説明や、ラダイーニャの説明などもあって、動きの授業の後に質問コーナーがあった。
私は日本で、メストレ・ジョアン・グランジが来日したときにアンゴーラのワークショップを受けたくらいで、
特にこれといってアンゴーラの授業をちゃんと受けたことが無かったこともあるけれど、とても面白いと感じた。

ここではコントラ・メストレ・ベンデンゴーや、コントラ・メストレ・フエパ(メストレ・マカーコの弟)達もいろんな質問をしていた。
※コントラ・メストレは準師範に当たります。

質問の内容は到ってシンプルなもので、楽器の並びが人によって違うのはなぜかだとか、
手拍子がないのはなぜか、なぜカント・ジエントラーダ(ホーダを始めるときの歌)にラダイーニャなのか、というようなものだった。

非常に感心したのは、歳をとっても、たとえメストレ級の人になっても、
このアカルボという団体は皆学ぶということに大変真摯で、わからない/知らないということに恥をもたないということ。

そのあとホーダがあって、メストレ・クラウジオはアカルボのコントラ・メストレたち全員、
よそから来てる生徒全員と、よそから来てる先生たち全員とジョーゴした。

当然のように私はシャマーダがわからなくて、あとでトニーに怒られた。
でも知らないんですもの!仕方ない!

メストレ・クラウジオはアンゴーラの強さをよく教えてくれたと思った。
いやーうまいですね。人はこんなにも隙を動きの中に持っているんだと発見しました。

そして怒涛のように授業は続き、なんと押し込みでプシャーダ・ジ・ヘージ・ジ・シャレウの授業が始まる。
時間も迫ってるのに。

いつのまにか漁の網と麦わら帽子とオールが用意されてた・・・。
さすがメストレ・マカーコ。

男と女の仕事が入れ替わりシーンで紹介される。
ちなみに楽器の練習は午後に持ち越しになった。
プシャーダで使うリズムはマクレレーのものとほとんど同じなので。
プシャーダ ジ ヘージ マリスカーダ
中略

授業は駆け足で終わって、また昼食のためにメストレ・マカーコの家へ。
途中メストレたちはバールでビールを飲み始めた。
メストレ・フィリッピも一緒。
メストゥレ フィリッピと。
当然のようにサンバが始まって、店を出るときはサンバを踊りながらというルールができて、みんな退場しながらサンバしてる。
サンバで退場
トニーは午後は少し離れた海岸に行って、サントアマーロ特有の食べ物、
ソバ・ジ・マンジオッカを食べようとか言ってたけどメストレ・クラウジオとビールのんで出来上がって2人で出かけていった。
どうなのよ。

あとメストレ・フィリッピとメストレ・クラウジオの共作CDを買った。
メストレ・フィリッピの方が安く売っていたのでメストレ・フィリッピから買ったらクラウジオは文句言ってた。
ちゃっかりサインしてもらったけど。

メストレ邸の昼ごはんは貝の料理だった。デンデー油を使っているので私は食べられず。
なぜかハイランド(メストレ・マカーコの息子・5歳)は今までオンサに許さなかったゲームの相手にショウコさんを選んだ。
気に入られたのか?
ハイランドとショーコ
休む間もなくアカデミアに戻ってプシャーダの楽器の練習が始まる。
ショウコさん眠いらしくて、無理もない、まだ時差ボケの中にいるんだろう。
壁にもたれてうとうとしてる。
眠い人
私も説明聞きながら余りに眠くてうとうとしてくる。
こんなんではまずい!と思って近くのエスプレッソ屋でコーヒーを入れてもらう。
ところが機械の故障とかで5分ほど待たされた。50センターヴォ(20円くらい)
ここの店員がまたヒゲ子だった。
なぜこっちの女の子はヒゲをはやしている子が多いのか??

戻ったらちょうどカポエィラの授業が始まった。
カポエィラの授業が特別講師によるものだとは知らなかったけれど、ヘジォナウの授業はメストレ・メジシーナが担当する。

メストレ・メジシーナはメストレ・スアッスーナと一緒に仕事をしている一人。
メストレ・メジシーナのジンガはきれいだと思った。やわらかくて、強い。

授業は結構待ったなしでどんどん進む。アンゴーラに続いて、生徒たちはとても集中した様子で真面目に取り組んでいる。
さやかとメストゥレ メジシーナ 終わって
ヴィンガチーヴァ、うちでいうシャンゴーの片手版(マカキーニョといってたような気がする)、シャパ、アウー・バチードゥ、
マルーテロゥに対してガンショ、ハステイラなどなど練習は次々と続く。
合間にはポンチ・バナネイラが入って、休む間もない。
トニーの練習とは違う種類の集中力が必要な授業。

私は練習の組んだ相手がリクリーというアカルボの優等生だったこともあってとてもいい練習ができた。
ジョーゴ・ジ・ヘジォナウではメストレ・メジシーナとジョーゴした。
何度かやられたと思った瞬間があった。
せっかくジョーゴ・ジ・ヘジォナウなのに身に着けたと思ったもののほとんどは使えなかった・・・
ひとつだけとっさにでたのはパウリスタだったんだけど、これはメストレ・ビンバが考案した技に含まれるのか?
という疑問がとっさによぎった。

そのあとジンガについての話があって、一人でジンガをみんなの前でやらされた。

メジシーナはすごく真面目に授業を進め、話すときも真面目一徹。
大変熱心なのだが時々怒ってるんだか真面目なんだかがわからない瞬間がある。

うちのジョニー(黄緑帯)は授業中ずっとジンガ・トラヴァード(囚われている)だと言われてる。
でも本人は何を言われてるかわからないからとりあえず笑うしかない。
私はこのあいまいな笑いは日本人特有だなあと思う。私もよくやる。

私のジンガはソウタだと言われた。
これは大変うれしいことで、後からオンサと話したときにオンサもとても喜んでくれた。
ソウタ・コルポを私に教えたのはオンサだからだ。

いきなり途中でガロパンチ(カポエィラ・ヘジォナウの手での攻撃のひとつ)が飛んで来てびっくりしたけど、
ちゃんと気をつけていたこともオンサの解説によると評価された(?)らしい。
でももっともっとマンジンガとソウタ・コウポを試みなさいといわれた。

しかし大勢の前でジンガするのは緊張して、それこそトラヴァードになりそうだ。
こんなに緊張したのは人生で初めてクアドラ(カポエィラ・ヘジォナウのホーダを始める歌)を歌ったとき以来かもしれない。

そのくらい、ジンガというのは大切なもの。
その人のジンガはその人のカポエィラを表すといっても過言ではない。

さてみんなくたくたになった状態でナニが始まるのか?と思ったらアフロ・ブラジリアン・ダンス!!
これには参加することになっていないのだけど、そのままの流れで参加することに。
太鼓 アフロダンス
講師はメストレのお友達。明らかに男好みな香りのする中性的な人だった。
リズムが微妙すぎてわからなかった。
しまいにはくたくたになって、もうバスの時間もあることだしということで途中で引き上げさせてもらう。

ゆうやはすっかりここの生徒と仲良くなって、しかも踊りが好きなんだか一生懸命踊ってる。

私たちが帰るときもまだまだ授業は続いていて、サンバの授業でメストレ・マカーコが言っていた言葉
「サンバは空腹とのどの渇きと痛みの中で生まれた」という言葉がよぎる。

ブラジル人は仕事がなくても、お金がなくても、踊る。
これがブラジル人の底力なんだと感じた。

授業の途中で、急いでメストレの家に荷物を取りに戻る。
あわててシャワーを浴びて、トニーはメジシーナと話込んでていつまでたってもこないし・・・

サントアマーロのホドヴィアーリアでどうしてもジュースのみたかったので無理無理休憩。あと3分でバスは発車というのに。

帰りのバスはすごく空いていて、ゆったりしている。
暗くなったサントアマーロの町をすごく気持ちのいい風が吹いている。

・・・という素敵なシチュエーションの中トニーはすっかりビールでアクセル入りっぱなし。
夜間走行なので車内は暗くなっていてほかの乗客は休んでいるというのに、トニーはずっとしゃべってる。
結果的にはサルヴァドールにつくまで本当にずっとずっとずっとずっとしゃべっていた・・・。

明日はメストレ・アマンシオという、パウロ・ドス・アンジョスの仲間の一人のグループのバチザードがある。
トニーはなんかアクセル踏みっぱなしで、話をしながら泣いていた。
昔別れた恋人の話とか、亡くなった偉大なメストレの話とかしながら。

あとゆうやにグルーポ・テンポについてどう思うかという質問をしてた。
ゆうやはたかゆきくんにもう言われちゃった内容だからどうしようと考えあぐねて、
「Faca de Ponta(たかゆきくん)が言ってたのと同じこと」と答えたらトニーに
「お前ファカ・ジ・ポンタよりずっと年下だし違う人間なのにまったく同じ考えってことはありえないだろ!
お前の意見を言えお前の!」と激しく言われてた。

ゆうやはいろいろ考えてたみたいだけど、トニーはそのまま話し続けてた。

オンサは最後尾列全部占領して横になって寝てる。

サルヴァドールについて、ホドヴィアーリアで夕飯の買い物をする。
パンが焼き立てで、すぐその場で食べられないのが残念だった。
トニーも焼きたてパンを買って帰る。

こんな小さなことで非常にうれしい気分。

帰りはガリバウジを通って、トイゥイゥー(うちの生徒・黄色帯)の家の前を通りながら帰る。
トゥイゥイゥーは結構問題児の様子。多分もううちには戻ってこないだろう。

くたくたになってアパートへ戻る。
行ってよかった。とてもいい旅だった。
みんながいたらなお。

ゆうやの日記(ポルトガル語練習用)
Diário do Espiga


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