ブラジル・サウヴァドール日記
2004-2005 Brasil Salvador
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02/02(土) さやか日記
今日はフェスタ・ジ・イエマンジャー。
イエマンジャーはカンドンブレーの中でも海をつかさどる女神で、
毎年2月2日にはイエマンジャーの家があるヒオ・ヴェフメーリョで大きなお祭りがある。
人々は(特に女性は)イエマンジャーにお花やアクセサリー、船の飾りものなどをささげる。
この日はヒオ・ヴェフメーリョの海はイエマンジャーへの贈り物であふれかえる。
同時に浜辺ではカンドンブレーが行われ、路上ではカポエィラの団体、太鼓叩きたちが集まる、
サルヴァドールでも大きなお祭りのひとつ。



今日の昼はみんなでムケカ・ジ・ペイシを食べることになっているのだけど、
私は米当番になったので、朝早くにおきて米を炊く。2キロだけど。
ショウコさんの部屋をのぞいてみたらレウは寝ぞうが悪いようで、ショウコさんは端っこにおいやられていた。
予定より少し遅れて出発する。ヴェフメーリョ、マテウスももちろん行く。
フラカォンの恋人ヴェルースカは今日から一週間休暇らしい。相変わらずのお似合いカップルである。
ヴェルースカも一緒にでかける。
メストレ・マンジンゲイロが生徒を連れてやってきた。
メストレ・ニーニャも。
かくして出発する。今日は外だけど白カウサで。
日焼け止めを十分に塗ってでかける。フェスタ・ジ・イエマンジャーは暑い。
途中アパートに寄って、ありえないことにヴァケータがないのでゆうやのを使う。
ショウコさんはあわてて帽子を。
ヒオ・ヴェフメーリョの入り口から早速カポエィラ開始。
しばらくビデオまわしてたら、コヘイオ・ダ・バイーアっていう有名な新聞の取材を受けた。
ありえないことにビデオ回しながらなのでなんかただでさえギコギコしてるのにもうギコギコギコギコしちゃって
意味わかんない返事をしてたと思う。
聞かれたのは、今日はイエマンジャーに何かささげものはもってきたか、っていう話と、
日本の祭りと比べてどうかとか、バイーアの人と日本人の一番の違いは何かとか、宗教は何かとか、
違う宗教を持っていてもイエマンジャーは信じるかとか。
あとカポエィラどのくらいやってるのかとか日本のカポエィラはどうかとか。
そんなことを聞かれた。
イエマンジャーには贈り物は持ってこなかったけど、適当に花とかくしとか、レースとか言っておいた。
Pente de ouro laco de fita...ですよね。プシャーダ・ジ・ヘージの歌にありますね。歌も歌っておきました。
日本の祭りとの違いはそんなにないんじゃないかな。こっちの方が派手だけれど、
基本的に祭りというのはどの国もやってることは変わらないものだと思う。
違うとしたらアシェー?でもそのときはそれを思い出せず・・・
バイーアの人は心が開いてると思うっていう話をしました。
たとえば知らない人でもすぐに話しかけることや、知らないひとでもすぐに助けてくれる。
あと人々は助け合って生きてると思うと。昔の日本はこうだったんじゃないかな。
宗教は私は基本的に仏教ですが、カンドンブレーは信じます。
特に自然の力に関するものは。インドネシアの津波もあったことだし、
今年はイエマンジャーに祈るのは大事だと思うとかありきたりですがコメントしました。
今書いてて思い出したけど、新聞買うの忘れてた。


カポエィラのホーダは、サンバをはさんで移動しながら進んでいく。
サンバのビリンバウ全然ついていけない。
ショウコさんマンジンゲイロと恐怖のサンバ。
もちろん私は踊らず。

イエマンジャーの家の近くまで来たあたりで、女ホーダが始まった。
ビデオをジョニーにあずけて、ジョーゴする。
やっと今日三回目のジョーゴっていうところで、マンジンゲイロの生徒のコンパッソが顔に当たった。
軽く目をかすって、目の周りの骨に当たっただけで、ちょっと腫れたくらいなんだけど、
目に入ったのでさすがにちょっとびっくりした。
フラカォンがすぐ気がついて、ゆうやも氷をもってきてくれた。
ありがたい。
あー悔しい。悔しさがこみ上げてくる。
カポエィラの中でのことだから、別に謝る必要はないし、第一私がぼんやりしてたのが悪いわけなので仕方がないんだけど、
こういう時に「大丈夫?」の一言もでない生徒はうちにはいないなと思った。


ホーダにはマリニェイロが現れた。あとウニカールのシャツ着た人。
クエッカも来たけど、ACMBの人はほかには知らない男の子が一人いただけだった。
途中ヴェフメリャォンのホーダを通ったけど、トニーは何も言わなかった。残念。
ホーダの途中でチゾウラしようとしたよその人が即効で追いやられてた。
「今日はフェスタなんだぞ!今日は奇麗なホーダをするための日だ!ケンカしたい奴はよそいきな!」
って感じでみんなそろって動いたのでおかしかった。
ホーダはいつの間にか終わって、日陰にみんなで移動して休憩する。
あー悔しい。気分が暗くなってきた。
また移動しようという途中にロボとペロラの家があった。
そこで急遽家の広場でホーダが開催された。
しかしかなりしょぼまった内容だった。狭いし。
マテウスが水浴びしてたくらいか。

もう終わりかいな。拍子抜け。賞味30分なかったのでは?
かくして歩いてみんなで帰る。トニーはマンジンゲイロの車で先に帰った。
サント・アマーロからわざわざ来てくれたコントラ・メストレ・フエパはほったらかし。
ひどいなーと思った。サント・アマーロに行った時いろいろお世話になったので、
つたないポルトガル語だけどフエパと話しながら帰路を行く。
途中でフエパがアグア・ジ・ココをおごってくれた。こどもだと思われているかな。
サント・アマーロの、というかACARBOのカポエィラのあり方についてとか。
フエパにもジンガを評価された。なんだかいいことばかりで逆に心配。
帰路の途中でコイイダくん(アンゴレイロ・ビリンバウを作って販売している人。大学の同期生)に会った。
なおやさんのバンド(日本人だけのチームを作っている)がこれから演奏するらしい。すごくたくさんの日本人がいる!びっくり!
カポエィラ・ヘジォナウ・ジャパオンのあさみちゃんときみこさんもその中にいた。
2人ともとても元気そう。サントアントーニオに暮らしているそうだ。カルナヴァウが終わったら帰国らしい。
これから叩くけどまだ楽器が来てないらしい。
メストレ・バンバは仕事が忙しくてなかなか現れないらしくて、今日もホーダはないらしい。
カナダの生徒とクエッカだけ行っていると言っていたので、さっき見た人はカナダの人なのだろう。
そういえば彼はAFRO BAHIAのバチザードにも来てた。
ヘンニーの仕事はうまく行ってるんだ。
すっかりオンサを待たせてしまった。話している間ずっと待っていてくれていた。
あわてて帰る。アパートで当番の米を各自で持って、歩いてオンジーナまで行く。
トニーはとなりのサンベルリン・バーにムケカを作るように頼んだらしい。
というわけでみんなサンベルリンにいた。もうビール飲んでた。
こんなに振舞って大丈夫なのか?絶対にもととれてないと思う・・・。
私たちが着いたのは大分遅くて、私は用があるのでネットにつなぐ。
どうせムケカは食べられないし。
もう明日からカルナヴァウだからつなげることも少なくなる。
やること終わってみたらみんな食べ終わった後だった。
ショウコさんいわくムケカはいまいちだったらしい。
むむー
各自ネットにつないで、私はパダリアで買い物する。
今日は当然練習はない。
夕飯ついでにヒオ・ヴェフメーリョのフェスタに夜行こうと思ってるとトニーに行ったら、
あぶないから一緒に行くから19:00にアパートで待ってろといわれた。
でもあとでわかったんだけど身内にトラブルがあって、トニーはその助けに行っていたので現れなかった。
みんなくたばりきっていたのでそれでよかったかも。
ちなみにこの日フェスタで事件があって、新聞にも出てた。いかなくて正解だったかも。
地味にざるそばを頂く。おそば大好き。
11時くらいに妙に眠くなって12時前には寝てしまった。
でも1時ごろにはもうカルナヴァウの前夜祭なんだかイエマンジャーの祭りなんだかで
うちの前でちょっとしたフェスタが始まってうるさくて寝られなかった。
ゆうやの日記(ポルトガル語練習用)
Diário do Espiga