ブラジル・サウヴァドール日記
2004-2005 Brasil Salvador
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02/06(日) さやか日記
今日は久保君がやってきます。
黄色帯のboxelというあだ名で、名前の通りボクシングのインターハイで5位の実力の持ち主です。
あー彼がきたらこれからしばらくは安心。
夕方4時のバスでくることになっているので、中央バスターミナルまで迎えに。
普段ならいかないかもしれないのですが、今はカルナヴァウ期間で道路が閉鎖していたり、
渋滞していたりということが起こるので、通常通りには家に来られないのです。
トニーが14時に一度うちに来ることになっていたのですが、その前に私は一度メールチェックの
必要があったので、パソコンを持って一人アカデミアに向かいます。
向かう途中朝なのでまあ一人で大丈夫と思ったのですが、
前からやってくる男の子の集団の先頭が両手を広げて立ち止まりました。
カルナヴァウのおふざけとしてはありがちな感じですね。
彼は「うーん僕もう疲れちゃった…」と私の前で言って、そのまま抱きつこうとしたその瞬間に
「あ、トニーの生徒だ!!」
とはたと気がついてそれをやめました。
ああこんなこともあるんだなとおもしろかったです。
ちなみにこのあと乗ったバスでも、偶然車掌が私の名前を呼んで、
トニーの生徒だろというので何で私の名前を知ってるのと聞いたら、
前バスに乗ってたときにトニーと私が話してるのを聞いてたそうです。ちなみにトニーの知り合い。
ちょうど帰りは初めて行く場所だったので、ここで下ろして欲しいと頼みました。
なんだかトニーと知り合ってからというもの、いろいろ助かってます。
さてひさしぶりにパソコンに自分のノートをつなぎ、途中でみんなの昼ご飯を買って、
トニーと一緒に歩きながらアパートへ戻ります。
また帰り道はずっとトニーはしゃべってます。もう内容については書きません…
ゆうやのシャツについては、うちの生徒たちに買うように連絡すると言って、
それだけでなくパダリア(パン屋)の店長・店員に売ってくれました。
そして今夜ペロウリーニョのお土産屋に一緒にカミーザを売りにいってくれるそうです。
なんだか申し訳ない限りです。トニーはカポエィラの先生なはずなのに…
生徒のためにシャツ売ってくれる先生ってなんなんでしょうね?
アパートでゆうやにこれからのことをトニーが話すけどいまいちゆうやはちゃんとわかってるのかな?どうか。
トニーは私をわざわざガリバウジのバス停まで送ってくれて、行き先を確認して乗せてくれました。
一番心配しているのは帰りのバスがすぐにあるかどうかということで、今日はカルナヴァウなだけでなく日曜なので、
バスの本数は少ないはずです。
バスに乗ってあまり見慣れない風景を見ながら走っていたら久保君からもう着いたという電話が。やっぱりサマータイムだ。
中央ターミナルに程なく着いて、ふつうに再会する。元気そう。
28時間もバス乗ってたわりには元気にあふれてる。ずっと座っていたのでもう動きたいらしい。
私ならぐったりしてるだろうに。

よくうっかり忘れてしまうのだけど、今一緒に暮らしてる連中は男の子たちはみんな20-22くらいで、
私より全然若くて体力もあるんだ。
帰りのバスは結構すぐに来て、ここ数日の旅(カナダ→ペルー→ボリビア→ブラジルと旅してる)の話なんかを聞きながら、
アパートへ向かう。
ところが車掌にヴィラ・マートスに着いたら教えてくれと言っていたのに、あれ?みたことある風景が通り過ぎた・・・
と思ったらやっぱり通り過ぎてた。
そんであわてて下車するんだけどこれがえっらいバス混んでて、降りるのも一苦労。
もたもたしてるうちにバスが発車しそうになること2回ほど。
そのたびに乗客がみんな大声を上げて止めてくれる。
おもしろかった。
ひとつバス停を通り過ぎてしまったけど、歩いてアパートへ戻る。
途中久保君と私の昼食を買って。
帰ってみたらみんな海に行ってた。
かなりあきれた。
もうシャツ売る気なんてないんだろうなー。夜に向けて体力セーブする気もないんだろう。
いいストレス発散なのか?しかしちょっと残念だった。
これで売るときも元気ならいいんだけど、売ってるときはまあ元気がないこと…
遊ぶ力があるならもう少し頑張れたんではないのかな?
トニーがちゃんと協力してくれてることより自分が恥をかいてる気持ちのほうが大きいんだろう。
(竜太「俺と正太郎さんがもしいたら全部売り切る自信あるねー」)
さて、ちょっとあきれたのだけどトニーにペロウリーニョ行きのことで18:00に来るように言われているので行く。
でやっぱり行かないのでショウコさんはアパートで休むことに。

久保君にアパートまで送ってもらって、アパートで一休みしてからショウコさんを置いて再びアカデミアへ向かう。
歩いて行ったら前方からOlodumのトリオが来た!偶然だけどラッキー!
早速久保君とおっかける。すっごいいいタイミングだった。ちょうどブロコのロープが外れてみんなめちゃめちゃに
踊りだしたところで、その辺の人が久保君の手をとって(残念ながら男の人だったけど)踊りだした。
しかも最後の曲はカポエィラでも歌ってる歌だった。オロドゥンのパーカッションはやっぱり楽しい。
久保君もかなり楽しそう。やっぱりこういう姿を見るのは私も楽しいしうれしい。
っていうかやっぱりカルナヴァウはみんなで楽しまないとね!
一緒に楽しむ相手がいないカルナヴァウなんてぜんっぜんつまんない。来年は絶対一人でなんてこないぞーとずっと思ってる。
オロドゥンを最後までおいかけて、その後アカデミアへ向かう。
今日はOlodum Daniela Mercury Terra Samba Harmonia do Sambaあたりが来る。
お目当てはHarmonia do Samba。
ついてみたらゆうやとジョニーがしょんぼりと子供に囲まれてた。
ここの子供たちはいわゆる出稼ぎ家族で、一週間のカルナヴァウの間、路上で生活している。
路上で頭を洗って、路上にダンボールをしいて寝て、路上で用をすませている。

子供たちは親が家においていかれないから連れてきているわけで、
だんだんやることもなくなるのでこういう日本人は暇つぶしの格好の相手。
一度囲まれるとどんどん寄ってくる。
でも人の家の前に勝手に陣取って、トニーは去年もこのことで文句を言っていた。
政府にクレームをつけるから写真を撮れと。
これもカルナヴァウの悪い一面のひとつ。
久保君はネットに繋いで、そのあとアニーに挨拶しに上に上がる。
スペイン語でなんとか頑張って話してた。
そのあと2人でダニエラ・メルクリを見に行ったけどあんまりいい歌を歌わなかった。
あとから解ったんだけど、どうも最終日が一番いいっぽい。
でも久保君はダニエラがいたく気に入ったらしくて、最後の最後までおっかけた。
さて、次のお目当てテーハ・サンバがくるまで時間があるので、
ゆうやとジョニーはいよいよ通りに出て行ってシャツを売ることに。
そうしたら名前を書くだけというのが大分流行り始めた。よかったよかった。
だいぶん調子がでてきたみたい。

トニーの知り合いという家族が2枚買ってくれた。
このお母さんがすごくいい人で、かなり酔ってたけどいろいろほめてくれた。
ちなみにトニーは、名前の漢字にそれぞれ意味があるっていうことがすごく面白いと言って、
書く漢字書く漢字みな説明させられるのだけどそれがえらい面倒。
だって〔麗〕とかって、ほんと、面倒ですよね・・・
なんだか責任の振り分けを最初にちゃんと決めなかったので、
私は今日は結構楽しんじゃっててゆうやをあんまり手伝ってないかも。かもっていうかそう。
でもトニーに注文だしたりとか、いろいろそこまで、あと主に客引きの声だしたりとかがんばってるから遊んでも許してクレ!
それにみんなだって合間合間にカルナヴァウ上手に楽しまないともったいないよ!
いよいよテーハ・サンバが来るので行こうとしたらジョニーはゆうやに自分は残って店番してるからお前行って来いよという。
「俺興味ないし。」
っていう言葉を聞いて残念に思った。
去年は私もやっぱりサルヴァドールのカルナヴァウをどう楽しんでいいかわからなかった。
でもメストレ・ニーニャの奥さんが私たちを踊りに連れ出してくれて、そのときの言葉が今でも印象に残ってる。

「私はあなたたちが踊るのが見たいの!バイーアのネグラ(黒人たち)の文化にはルールなんてないのよ!
こうでなきゃなんて決まりはない! 私たちは仕事がなくても、お金がなくても、おなかが空いてても踊るわ!
それにルールなんてない! これが私たちの力!
この私たちの文化をあんたたちが気に入ってくれることが私たちの喜びなの!それがバイーアの人間なの!」
という感じでずっと大声で言ってた。
この言葉は本当にひとりのダメな酔っ払いの言葉だけど、私の心を打った。
ニーニャの嫁さんはメストレの妻だけどものすごい酒呑みな上にタバコをガンガン吸う。
人としてはかなり弱い人みたいで、しょっちゅう夫婦喧嘩してるらしい。トニーも嘆いていた。
そんな嫁さんの言葉だけど、この人の底の部分にあるものはすごくいいものなんじゃないかとその時は思った。
ブラジル人というのは本当に、親しくなれば歓迎精神が強い人たちなのだ。
家に招待すれば我が家のようにくつろいで欲しく、心の底から楽しんで欲しいと思っている。
でも当然のことで、私たちだって日本を訪れる人たちに、自分たちの国を楽しんで欲しいと思うその気持ちと同じだと思う。
私は決して若くないし、そんなに遊ぶのが得意なほうでもない。
でもここではみんなと楽しんでいたい。
そのあとのことはよく記憶にないけど、とりあえずパゴージ踊ったり。
サブリーナによく会うんだけど、パゴージの振りを教えてもらったりした。
帰宅はやっぱり3:30。
アヴェニーダ・オセアーニコは帰る人々を乗せるタクシーであふれている。
そういえば出かけてる間にジャポネース・プレットが婚約者を連れて通ったらしい。

コントラ・メストレ・トライーラも。
ほんとにアカデミアの前にずっといれば、いろんな人に会えるね。

ゆうやの日記(ポルトガル語練習用)
Diário do Espiga