ブラジル・サウヴァドール日記
2004-2005 Brasil Salvador
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02/13(日) さやか日記
今日は淳がサォン・パウロへ帰ります。
淳自身は大学のために東京に暮らしていますが、ご両親はお仕事の都合でサォン・パウロに暮らしています。
今年で駐在が終わり日本に戻られるそうで、日本に戻る前に家族旅行をするそうです。
そんなこんなで今はサルヴァドールに立ち寄ったわけですが、風邪でやってきて具合の悪いままに帰る淳。
男連中は大分復活した様子で、今度は私が起きてからあまり調子が良くないので、しばらく横になっている。
胃が重い。医者にもらった薬を飲んでいるんだけど最近それも効いてない気がする。
トニーがやってくる様子がないけど、多分出かける頃にばったりやってくるだろうと思ったら思ったとおりでかけた頃にやってきた。
そんで今日はアンドレーも行くらしい。あら?と思ったらなんと彼女が失敬婚約者が一緒に来てる。
珍しい。
そんで、どうなったかというと結局トニーはイベントに間に合わなくなるので、淳は見送れないと。
私は淳を送って空港まで行き、そのあとみんなとサンタクルイスで合流することになった。
うーん会えるかな心配。
みんなは先にバスで行った。
結構バスを待って、もう次でこなかったらタクシーだと思ったらキタ。
こんなものですブラジル。
ていうかいつもこう!
果たしてバスを待っている間に酔い止め飲んだのにすでに二回吐いた。
多分酔い止めの錠剤も吐いちゃったワ。

でももう戻したから大丈夫!というよくわからない自信を持ってバスに乗る。
そんで淳には大変申し訳ないけどひとっこともしゃべらず寝る。
でないとまた吐きそう。
調子よくイタポアンまで来たので行けるか?と思ったんだけど大間違いだった。
バスはなぜか今日はゲートをくぐって遠回り。
それを知った瞬間にまた気分悪くなってまた吐いてしまう。(エチケット袋持参)
これはひょっとしなくても食道炎がきわまってるのかもしれない。
熱はないし、ひたすら胃がむかむかする。
バスは遠回りして空港について、淳はすぐチェックイン。
その間に私は淳のお母様にお礼のプレゼントを探す。
いつももらいっぱなしで本当に申し訳ないので。
さて淳はまもなく飛び立ちました。ホントに空港内を見る間もなく。
見送りに来たというのに、逆に淳にはものすごく心配をかけたと思います。
私はバスで隣の人に吐かれるともらいゲロをしてしまうので、隣に座っていた淳には本当に申し訳なく思いました。
さてトニーに電話するも繋がらない。
とりあえずローカルバスの乗り場まで行くけど、まったくバスくる気配なし。
もう一回電話するけど繋がらず。
たっていられないのとまた吐き気がひどいので、空港内のトイレに向かう。
顔色がものすごく悪い。
でももう吐くものがないので、ひたすら気分が悪いのに耐えるしかない。
もう一度電話する前に竜太さんに電話する。
助けてと言ったところでもちろん地球の裏側だし、
こういう時にじゃあなんか優しい言葉をかけてくれるかっていうと悲しいぐらいにそうはいかないのがこの人なんですが、
それでもだんな様です。
とりあえずくたばり具合を報告して、すぐ切る。
そうしたらやっとトニーと連絡が取れた。
もう魂が抜けたような気分だった。
場所がわかりづらいからこないでいい、すぐ帰るからアパートで待ってろと言われた。
でも何かあったような気がして、ああいう言い方をわざわざするのはきっとその場で話したくない何かがあったなと思った。
こっちも体調を崩した事を伝える。
ふらふらになりながら今度は高いバスを待つ。
でもどうにもこうにも来る気配がない。
あとまた気分悪くなった時に止めてもらえないし、もう最後の手段と思ってタクシーを拾った。
意外と良心的な額を言ってきたので、もう値切る元気もなくタクシーに倒れこんだ。
後部座席で横になって、寝てしまう。危ないとは解っているが。
アパートについてなんとかお金取ってきて払って、部屋に戻ってまた吐く。
まだ吐くものあったんだー。
でももう最後だと思うぐらいものすごい勢いで吐いた。
吐くものもう無いんで胃液が流れて出てくる。
変な汗をたくさんかいたまま横になる。
ぼんやりしていたらトニーがみんなを連れて帰ってきた。
すごく心配してくれていて、申し訳ないワお父さん。
なんでもイベントの途中で帰ってきたらしい。
どうもトニーの様子が深刻だからおかしいと思ったんだけど、夕べその会場のあるサンタクルイスでいわゆる大きな組織
(いわゆる薬売りとか泥棒とかを指示する人々の集まりですね)の衝突で片方のボスが殺されたらしい。
なのでそこの町全体が隠れている感じで、道を尋ねても人々は家の中から出てこないし、口にしたがらない感じだったとか。
しかも階段に血がついてたとか。リアルで嫌だなあ。
場所はかなりわかりづらいところにあって、事件の場所とドンピシャだったらしい。
あの場所だってわかっていたら行かなかったと言っていた。
イベント自体からも良くないエネルギーが出ていて、すぐそれを感じて帰ることにしたらしいけど、他のメストレたちも同じで
みんなでイベントも途中にして一緒に帰ってきたらしい。ファウカォンとかニーニャも一緒に。

ビール飲んでるみたいで、そういう時のトニーっておしゃべりが止まらないのだけど、
病気のこと気遣ってくれる割には思いっきり話しかけてくるし、そういう時に限ってみんなへの説明を求める。
みんなに状況を理解して欲しかったけどわかってもらえなかったからと言っていたが、私も朦朧としてるから話半分くらい。
もう開放してくれー
悲惨だったのはその後トニーを囲んで昼食をうちで食べた(もちろんゆうやが作った)んだけど、その時にみんな何とか
トニーと会話しようとしてるみたい(私は居間に布団を敷いて寝てるのでその場に寝てる状態)なんだけど、
楽しそうなのは結構だが合間合間でトニーが説明を求めたりとか、
話しかけたりとかするのでホントに寝たと思ったら起こされたりでマジ困る。
こっちは具合悪いんだってば。
みんなもこの辺はちょっとは気をつかってくれと思った。
さすがにこの日は怒り心頭で、でも怒る元気もないっていうか病気だから。
まもなくして雨が降り出したんだけどトニーが例のお茶の葉を取ってきてくれることに。
それはアルマンという葉なんだけど、結局ボウドっていう葉を取ってきてくれた。
お茶の葉には2年前からお世話になっている。当時は胃に潰瘍があって、難儀していたらトニーがくれた。
去年もアニーが作ってくれた。このときから食道炎がひどくなった。
リマのジュース飲むようになったのもこの頃から。
帰国してから医者に行って、初めて自分の食道には弁がないことを知った。
とにかく食べるものと睡眠と運動には要注意。
空腹で運動すると大変なことになる。
熱は微熱なんだけど問題は食道の炎症で、自分でもそれを感じる。
しゃれにならんと思った。
なんとしても月曜までには治したい。あと半日でどうしてもよくなりたい。
何しにきたって私は練習しに来たんだよ!
他の何でもなく練習しに来たんだ。
とにかくおなかに何もいれずにお茶を飲んで寝ている。
夜遅くに起きてみたら少しよくなっていた。
ゆうやがおかゆを作ってくれて、それに淳のお母様からもらったふりかけをかけたらすごくおいしかったので
結構食べられた。
どうしても治して練習に出たい。
そのためには黙って休む。
ゆうやの日記(ポルトガル語練習用)
Diário do Espiga
今日は昨日の時点で明日は出かけられるだろうと思っていたので案の定まぁ出かけられる程度には回復した。
昼にノルデスチのメストレザ・フラッシュのバチザードにいく。
淳君をバス停まで見送り、そのままアンドレーとアンドレーの彼女とトニーと向かう。
さやかさんは結構ダウン気味だけどあの寒いバスで空港まで行った。
悲惨だったらしい。
ノルデスチ地方は危ない地域と聞いていて、俺も注意していたが今日はトニーがいつもより慎重な気がした。
バチザード会場がわからなくて人に聞きながら行ったが小道に入っていくのに大分警戒していたように思う。
聞けば昨夜にギャングの抗争があって人がしんだらしい。。
アンドレーとトニーは血の着いた壁をみたとか。。。
人々は普通に生活してるけど誰もその話をしないとか。
危険な地域なのだと改めて思った。
メストレザ・フラッシュは個人的になんか好きな人でバチザードは楽しみだったのだけど結構まとまってなかった気がする(失礼)
本人のところではないみたいだったけども。
レウの父親メストレボゾーにも会った。
なんかエジプトっぽいと思った。
強そう。
トニーはさっきの事件のことがあり、しかも事件のあった近くがここらしく危ないので早めにうちらをつれて引き上げる。
帰ったらさやかさんがダウンしていた。
夜はとよさんのお別れパーティをまっちさん、コイイダさん、アソシアサォンのリュウタさん
他にペロウリーニョ周辺に住んでる方たち計日本人10人でスキヤキに行った。
コレで最後かもスキヤキ、もう金がありません。
しかし寿司はうめーーー。

寿司とガリとお茶の組み合わせは最高です。
日本食最高。
ゆうやへの応援メールはこちらまでyuyadecapoeira@yahoo.co.jp